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東京地方裁判所 平成11年(ワ)20942号 判決 2000年12月27日

原告

金ケ崎博之

被告

株式会社エヌアールエーハウジング

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金三四〇〇万四九一九円及びこれに対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その四を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金七五六三万九〇五三円及びこれに対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求である。)。

二  訴訟費用の被告ら負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成一〇年四月一五日午後一時五〇分ころ

(二) 場所 東京都足立区東綾瀬一丁目二八番先交差点(以下「本件交差点」という。)内

(三) 被告車 被告佐藤忠男(以下「被告佐藤」という。)が運転し、被告株式会社エヌアールエーハウジング(以下「被告会社」という。)の保有する普通乗用自動車(メルセデスベンツ。甲二)

(四) 原告車 原告(昭和四〇年二月二〇日生)が運転する普通乗用自動車

(五) 事故態様 環状七号線方面から西亀有方面に向かう道路(以下「本件道路」という。)を進行して本件交差点を直進しようとした原告車が、日光街道方面(原告車の進行方向から見て右方向)から中川方面(同左方向)に向かう道路(以下「本件交差道路」という。)を進行して本件交差点を直進しようと進入してきた被告車と衝突した(甲一一の3、以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

本件交差道路には本件交差点手前で一時停止しなければならない交通規制があるにもかかわらず、被告佐藤は、これを遵守しないまま本件交差点に進入した過失がある。

また、被告会社は、被告車の保有者である。

3  原告の受傷及び治療経過並びに後遺障害の内容及び程度

原告は、本件事故により、左前腕挫創(異物埋入)、右手背挫創、腰部・右肩打撲、皮神経障害、腰椎捻挫の傷害を受け、日岩会下井病院において治療を受けた(平成一〇年四月一五日から同月二三日までの九日間の入院及び平成一〇年四月二四日から同年七月四日までの間の実日数三二日間の通院)。

4  原告の後遺障害と等級認定

原告の右傷害による症状は、左前腕挫創(異物埋入)、右手背挫創、皮神経障害の後遺障害を残して平成一〇年七月四日に固定し(症状固定時三三歳)、左母指機能障害につき後遺障害一〇級七号、左上肢醜状障害につき後遺障害一二級相当とされ、その結果、併合九級の等級認定を受けた。

5  原告の損害額及び既払金

原告の損害のうち、治療費は六六万四六三〇円、入院雑費は一万一七〇〇円、通院交通費は一一万九七七〇円、休業損害は二五二万四二〇三円(合計三三二万〇三〇三円)であり、他方、原告は、既払金として二三八万〇九七三円を受領している。

二  争点

1  本件事故の態様と原告及び被告佐藤の過失割合

(一) 被告らの主張

原告は、本件交差点に設置されたカーブミラーに被告車を視認しながら減速せず、そのまま本件交差点に進入したのであるから、原告の安全運転義務懈怠も本件事故発生の原因となっている。したがって、原告の損害につき二〇パーセントの過失相殺をすべきである。

(二) 原告の主張

被告車の本件事故直前の速度は時速三〇キロ程度にとどまるものではない。

なお、本件訴訟前の物損に係る賠償交渉において、原告と被告らは過失割合につき原告九五、被告五とし、それを踏まえて示談が成立したのであるから、右割合を本件訴訟でも適用すべきである。

2  損害額の算定

(一) 原告の主張(治療費、入院雑費、通院交通費、休業損害を除く)

(1) 逸失利益(請求額 七一四二万八三四九円)

原告は、本件事故当時、個人で内装業を営む職人であった。

基礎収入は平成七年から平成九年の平均収入である七三〇万五八二八円とし、労働能力喪失率は、左母指の使用頻度や重要性を考慮すると五〇パーセントが相当である。六七歳までの三四年間の新ホフマン係数を一九・五五三八とすると、以下のとおりとなる。

七三〇万五八二八円×〇・五×一九・五五三八=七一四二万八三四九円

(2) 傷害慰謝料(請求額 一二〇万円)

慰謝料の算定に当たっては、原告が事前認定手続において後遺障害等級認定を受けるために多大な煩瑣を強いられた点、裁判所による和解案を早期解決のために了解したものの、被告らの頑迷な訴訟対応によって不調に終わり、原告が多大な苦痛を受けた点を考慮すべきである。

(3) 後遺症慰謝料(請求額 一〇九〇万円)

前項と同様の事情を考慮すべきである。

(4) 弁護士費用(請求額 六五三万三六一七円)

(二) 被告らの主張

(1) 逸失利益

左上肢醜状障害は労働能力に影響がない以上、左母指の機能障害のみを評価すれば足り、その喪失率は一〇級相当の二七パーセントとすべきである。

また、本件事故後の収益の増加や経営者としての業務が主体になるであろう点を考慮すると、六七歳までの全期間にわたって右喪失率を認めるべきではなく、一〇年程度にとどめるべきである。

(2) 慰謝料

裁判所による和解案を受け容れなかったことをもって慰謝料の加算事由とするのは相当ではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様と原告及び被告佐藤の過失割合)

1  本件事故の態様について

前示争いのない事実等、甲一一の1から7、9、一六、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、環状七号線方面と西亀有方面とを結ぶ、両側に路側帯の設置されている本件道路と、日光街道方面と中川方面とを結ぶ、右同様路側帯の設置された本件交差道路とが交わる交差点であり、道路状況等は別紙図面のとおりである。

本件交差点は住宅が立ち並ぶ住宅街の一角にあり、本件交差点を通過しようとする車両にとって、左右の見通しは悪く、各角に設置されたカーブミラーを通じて視認できるのみである。

本件交差道路には、前示のとおり、本件交差点に進入する車両に対し、交差点手前における一時停止規制がなされている。

(二) 原告は、本件道路を環状七号線方面から西亀有方面に向かって時速約三〇キロから四〇キロの速度で直進し、本件交差点に差し掛かったところ、左前方のカーブミラー(本件交差点の右方の様子が映る。)で被告車が本件交差道路を進行し、本件交差点に向かってくる様子が見えた。しかし、被告車の側には一時停止規制があるため、被告車が本件交差点手前で一時停止するものと思ってそのまま直進を続けたところ、予想に反して被告車がそのまま本件交差点に進入してきた。その結果、原告車の右側面に被告車の前部が衝突し、原告車は右から被告車の走行による勢いを受けて左に横転しながら前進して別紙図面<イ>地点でフラワーボックス等を損壊させた後、<ウ>地点で完全に左横転した(甲一一の4の写真9から11)。

(三) 被告佐藤は、本件交差道路を日光街道方面から中川方面に向かって走行して本件交差点に差し掛かったが、本件交差点手前で一時停止規制があり、前方を注視していれば道路標示及び道路標識によりこれが容易に判ったにもかかわらず、仕事等の考え事をしながら運転していたためこれを看過し、そのまま本件交差点に進入して原告車と衝突した。その結果、被告車の前部のバンパーが大きく外れ、かつ、ボンネットが歪む損傷を被った(甲一一の4の写真5、7)。

被告佐藤は、本件事故直前の被告車の走行速度について時速約三〇キロである旨供述するが、被告佐藤は速度計を注視していたわけではない上、前方不注視の走行態様からすると右速度に係る供述部分は採用し難く、かえって、前示の原告車の衝突後の走行状況や被告車(メルセデスベンツ)の破損状況等を考慮すると、時速三〇キロを相当超過する速度であったと認めるのが合理的である。

2  原告及び被告佐藤の過失割合

以上の事実によれば、本件事故は、主として、前示の被告佐藤の前方不注視及びそれによってもたらされた一時停止義務の不遵守に起因するものである。しかし、本件交差道路から走行してくる被告車の存在を認めながら特段の対処をとることなくそのまま走行を続けて本件交差点に進入した原告にも過失があるといわざるを得ず、その過失割合は、被告佐藤の前示の走行態様を考慮しても、原告が一五、被告佐藤が八五とするのが相当である。なお、本件事故による物損については、本件訴訟前に、過失割合を原告五、被告佐藤九五として当事者間で解決されているが、それをもって、右過失割合に関する自白契約があったとまでは認め難く、右過失割合は当裁判所を拘束するものではない。

二  争点2(損害額の算定)

1  逸失利益 二七五六万八九八二円

(一) 基礎収入

本件事故の前年である平成九年分の年間所得金額(青色申告特別控除前)である六三〇万五六四七円をもって基礎収入とするのが相当である(甲一四の五九五万五六四七円に、一〇の2の三五万円を加算した金額)。

原告は、平成七年から平成九年までの年間所得金額の平均額である七三〇万五八二八円を基礎収入とすべきである旨主張するが、平成八年、平成九年の収入及び所得のいずれも漸減傾向が認められ(修正申告後の数値である。甲一三、一四)、右三年間の平均値をもって本件事故による逸失利益の基礎収入とするのは合理性に欠け、相当ではない。

(二) 労働能力喪失率

(1) 原告は前示の後遺障害について併合九級の等級認定を受けているが、左上肢醜状障害(一二級相当)により等級が加重されているに過ぎず、右醜状障害が原告の労働能力に対し現実かつ具体的な影響を与えているとまではうかがえない以上、左母指の機能障害に係る等級認定(一〇級七号)を考慮し、労働能力喪失率を二七パーセントとするのが相当である(原告本人尋問の結果)。

(2) 原告は、仕上工事業者の資格を持つ職人として左母指の機能障害が原告の労働能力を五〇パーセント喪失させた旨主張する。確かに、クロス等の張り物など内装工事の職人として左手を十分に使えないことにより、原告の作業効率が相当低下していることは認められるものの、原告は会社経営者として労働能力を発揮する機会を持つ上(左母指の機能障害による直接的な影響は直ちにはうかがえない。)、自ら行うことができない作業について被用者の職人を駆使するなどして業務実績を確保している点も考慮すると、前示喪失率を超える数値を認定すべき合理的事情は認められない(甲一六、一七、原告本人尋問の結果)。

(三) 労働能力喪失期間

労働能力喪失期間は六七歳までの三四年間(ライプニッツ係数は一六・一九三)とするのが相当である。

被告らは、原告の収益がさほど変化せず、また、経営者としての側面が今後高まるであろうとして六七歳までの三四年間を労働能力喪失期間とするのは不当であると主張する。しかし、経費を抑えるために外注に頼らず、前示のとおり被用者の職人を駆使するための待遇上の特別な配慮をしたり(経営者としての側面)、原告自ら可能な限り現場作業に従事したり(職人としての側面)するなど、特段の努力を尽くす現状が認められ、かつ、それが今後とも継続すると考えられることからすると、前示の労働能力喪失期間の認定を左右するには至らない(甲一六、一七、原告本人尋問の結果)。

(四) 計算式

六三〇万五六四七円×〇・二七×一六・一九三=二七五六万八九八二円

2  入通院慰謝料 八〇万〇〇〇〇円

原告の負傷部位や程度のほか、仕事(特に本件事故前に受注した仕事)を遂行する上で、治療期間中も特段の努力を払ったであろうことを考慮した。

3  後遺症慰謝料 七〇〇万〇〇〇〇円

原告に残存した後遺症の内容や程度、今後経営者兼職人として努力を継続していかなければならないこと等を考慮した。なお、原告が後遺障害等級の事前認定手続で煩瑣な思いをしたこと、被告らが裁判所和解案を拒否したことをもって慰謝料の斟酌事由とすべき旨主張するが、前者は原告が立証責任を負う事項である以上当然の結果であるし、後者は慰謝料として斟酌すべき事項ではなく、いずれも理由がない。

なお、被告らが裁判所和解案を拒否した点については、後述するとおり、これを受けて原告代理人がその後の審理の過程で訴訟追行に努め、結果として算定される損害賠償額が右和解提示額を上回ったことをもって、弁護士費用の加算事由として評価するのが相当である。

4  小計(前示一5の三三二万〇三〇三円を含む) 三八六八万九二八五円

5  過失相殺(一五パーセント控除)後の金額 三二八八万五八九二円

6  既払金(二三八万〇九七三円)控除後の金額 三〇五〇万四九一九円

7  弁護士費用 三五〇万〇〇〇〇円

本件事件の内容や難易度のほか、以下の点を考慮した。すなわち、当裁判所は、本件の審理の過程で、原告の損害賠償請求額を金三四八一万七二〇七円とする和解案を提示したところ、原告はこれを受け容れる旨回答したが、被告ら(実質的には共栄火災海上保険相互会社。以下、単に「共栄火災」という。)は前記のとおり主張してこれを拒否した。しかるに、その後の審理の結果、原告が受領すべき損害賠償額(本件事案を一般的な観点から考慮する相当な弁護士費用及び遅延損害金を含む)は、右和解提示額を上回ることが明らかになった。これは、原告代理人が原告の労働能力の具体的な喪失状態につき証拠資料等を補充したり、慰謝料を増額して請求したりするなど、その訴訟追行に努めた結果であるということができる。したがって、これを一般的に相当と認められるべき弁護士費用を更に増額すべき斟酌事由として評価した。

8  合計 三四〇〇万四九一九円

三  結論

よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して、金三四〇〇万四九一九円及びこれに対する平成一〇年四月一五日(本件事故日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 渡邉和義)

交通事故現場見取図

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